【Pass】私のゐた・せくすありす
姉の古い水着を着てみたのでした。黄色いナイロン製のバレリーナのようなデザインの水着で、低学年用でしたが、スカートがついてパンツはゆったりめなので、着られました。そのときもう6年生だったので、パンツの中のものが、つい上を向いてしまったのでした。みっともないと思ったので、腰を下ろして、パンツの脇から手を入れて、中のものを下へ向けようとしました。でも、すぐまた上向きに戻ってしまって、何度やっても同じ。何度も繰り返してるうちに、先がナイロンの布とこすれて、急に頭がくらくらっとして、力が抜けて、壁にもたれかかってしまったのでした。軽い頭痛のような感覚でした。パンツの中に濡れていたところがあったので、おしっこをもらしたと思いました。
何日かして、同じことを繰り返してやってみて、おしっこではないこともわかりました。だんだんと、気持ちの良いものだということも、わかってくるのでした。初めてのひとりエッチでした。
(写真は1988年のものです)
最初のころは、柔らかい布が必須のものだと思っていました。そして、下へ向けて押さえるものだと思っていたのですね。なので、手は上から押さえたり、撫でたりするだけ。その後もずっとそんな感じで、握ったりするようなことはありませんでした。
全部ヌードになったり、女子のかっこうになるのが普通でした。中学生になって鏡にヌードを写して見ると、中性的な体形が、ちょっと女の子のように見えることもありました。そういうこともあって、人前で裸になるのは嫌だったので、水泳などは大嫌いでした。
少年雑誌で、性の悩み相談のページがあって、「鏡に写る自分の裸を見ながらオナニーをしています」という子の相談で、阿部進先生の回答は、「そんなことをしてるとホモになっちゃうから、雑誌に載ってる女の子の水着の写真を見ながらしなさい」というものでした。ホモとか、おかまとか、ゲイとかの区別も、あまり知られてない時代でした。「ゲイ・ボーイ」というのは、今のニューハーフのような意味で言われてましたし、自分の将来はたぶんそうなるのかもしれないと思いました。発想が素直なのですね。
(2)青春期
学生のころは、長髪で、からだにぴったりしたGパンやTシャツが好きだったので、男子モードでもよく女子に間違えられました。ブラウスなど部分的には女子用を着て普通に出かけてました。スカートなどは、数も少なかったですし、そういうのはほとんど自分の部屋の中だけでした。
その後、ときどきお化粧もするようになって、衣服の数が増えてゆきました。
20代のころは、かなり痩せていて、スリーサイズは、78・66・86くらい。WはWニッパーで63くらいにしぼって、UBは73くらいなので、Bはパッドを入れると86。矯正後は86・63・86という感じ。今より各10cm近く細かったです。
このスリーサイズの数字は、94%に縮小すると、身長160で 81・59・81 、数字の上ではスリム女子でした(肩幅が女子的でないとか難点もありますけど)。
ひとりえっちは、ヌードになって両手でからだじゅうの愛撫から始めて、からだを布団に押しつけたり、ももに枕を挟んだり。前のあそこを、ももに挟んだまま、くねくねしたりして、そのまま行ってしまうことがあってから、そのパターンも多くなりました。つまり「ひとりスマタ」ですね。
下着ショップでバイブを売ってるところがありました。いざというとき、痛かったら大変なことになると思って、練習しておく必要があると思いました。ある日のこと、太さ3cmくらいの細めのものを買いました。使ってみましたが、すぐに気持ちよくなるというものでもありませんでしたが、行くときは挿入された状態のほうが良かったです。
バイブやディルドを使いはじめてから、両脚を大きく開いてするようになりました。恥ずかしいかっこうなのですが、それが自然なのでしょう。あそこは下ではなく上に向けて、撫でるところは、その裏側や、下のふくろ部分や会陰部など。先端部は撫でなくても行けるようになりました。バイブは手でピストン運動させたり、かかとで固定して腰をくねらせたりです。
10代のころから、いつかは男の人に抱かれる日が来るのだろうと思っていましたが、その機会もなく若き日をすごしました。
(3)遅い青春期
1990年代になると、からだが少しふっくらしてきました。
スリーサイズは、82・70・90、矯正後が90・65・90。胸パッドは、今までのお椀型ではなく、底上げ型だけで谷間ができました。
Hが90の大台に達したときは、少し恥ずかしいような気持ちになりましたが、嬉しいことでもあるような、不思議な気持ちでした。
そんなある日、ある男性とデートしました。ドキドキしながら、その日のうちにラブホテルまでおつきあいしてしまいました。ベッドでからだを愛撫されて、とても幸せな気分になったり。キスのとき唇のねっとり感が良いとか、ほめてもらったり。「遅れてやってきた青春」という感じで、何回かデートをしました。
けれど、私自身のオーガズムは未開発のままでした。「一緒に行く」とか「Aで行く」とか、話としては、ときどき聞いて、憧れはありましたけど。
「一緒に行く」というのは、場合によっては難しいことではないのかもしれません。バックからの「三所攻め」ですとか、男性の手で同時に前を攻められる方法がありますから。でも、私の場合、しなやかさのない男性の指で触られるのは痛いだけなのでした。一般の女性も、経験を重ねないとオルガズムは感じられない人が多いそうなので、私もそのうちなんとかなるものと思ってました。
「Aで行く」というのは、一般女性がクリトリスでなくヴァギナで行くのと同じですから、Gスポットの開発というのが大事になってくるのでしょう。でも指でそこだけ刺激したりするのではなく、バイブの角度を変えてみたりして、気持ちの良い角度があれば何度も繰り返したり、いろいろと試行錯誤してました。
デートは、1年に1回か2回。7月ごろだったとき、七夕みたいだねと言われたこともありました。男をとっかえひっかえなんてことは、ぜんぜんありません。私のカラダを見て、そうでないことを想像する人もいらっしゃるようですが、違うんですね。ドラッグの女性ホルモンを使用の人は性欲もなくなるそうですが、私の場合、天然の女性ホルモンが少し抑制的にはたらいたのかも?
(4)熟女期
ネットを始めるようになってから、お誘いが少し増えて、ある男性が、初めて私をオーガズムに導いてくれたのでした。
あの夜は、とても長い前戯があって、最初に足の指を舐められて、足首からじわじわと攻められてから、Aクンニが始まって、Aクンニは初めてだったので、とても愛してもらってることを感じて、私のからだもそれに応えようとしたのかもしれません。挿入後も、長かったように思います。途中の説明は略しますが、15分くらい?して、オーガズムというんでしょうか・・・、何か怖いような、せつないような、どうしていいかわからない感覚になって、そして言葉にできないような快感に、心もからだがとろけてしまって、ピストンされてるのもわからなくなってるのですが、最後の強めの一突きがあって、彼も行ったらしい声が聞こえたのは、わかりました。
一度こういうことを経験すると、お相手が変わっても同じことが起こるのですね、しかももっと短い時間で起こるので、自分が恐いようにも思いました。
いろんな人の話によると、充分な前戯があって、男性が15分くらい続けば、たいていの女性は行ってしまうそうです。あとは、だんだんと開発されていって、からだも感じやすくなっていくのかも。
行くときは、女性と同じで、あそこがヒクヒク痙攣するような強めの締め付けが何回も続くので、お相手の男性にもわかるみたいです。
現在は、熟女期のうちだと思います。年齢のこともありますが、あと何回か出逢いのチャンスもあるような気がしますので、そういうときは、変わったプレイというのではなく、ゆったりした大人の時間を過ごせたらと思っています。
何日かして、同じことを繰り返してやってみて、おしっこではないこともわかりました。だんだんと、気持ちの良いものだということも、わかってくるのでした。初めてのひとりエッチでした。
(写真は1988年のものです)
最初のころは、柔らかい布が必須のものだと思っていました。そして、下へ向けて押さえるものだと思っていたのですね。なので、手は上から押さえたり、撫でたりするだけ。その後もずっとそんな感じで、握ったりするようなことはありませんでした。
全部ヌードになったり、女子のかっこうになるのが普通でした。中学生になって鏡にヌードを写して見ると、中性的な体形が、ちょっと女の子のように見えることもありました。そういうこともあって、人前で裸になるのは嫌だったので、水泳などは大嫌いでした。
少年雑誌で、性の悩み相談のページがあって、「鏡に写る自分の裸を見ながらオナニーをしています」という子の相談で、阿部進先生の回答は、「そんなことをしてるとホモになっちゃうから、雑誌に載ってる女の子の水着の写真を見ながらしなさい」というものでした。ホモとか、おかまとか、ゲイとかの区別も、あまり知られてない時代でした。「ゲイ・ボーイ」というのは、今のニューハーフのような意味で言われてましたし、自分の将来はたぶんそうなるのかもしれないと思いました。発想が素直なのですね。
(2)青春期
学生のころは、長髪で、からだにぴったりしたGパンやTシャツが好きだったので、男子モードでもよく女子に間違えられました。ブラウスなど部分的には女子用を着て普通に出かけてました。スカートなどは、数も少なかったですし、そういうのはほとんど自分の部屋の中だけでした。
その後、ときどきお化粧もするようになって、衣服の数が増えてゆきました。
20代のころは、かなり痩せていて、スリーサイズは、78・66・86くらい。WはWニッパーで63くらいにしぼって、UBは73くらいなので、Bはパッドを入れると86。矯正後は86・63・86という感じ。今より各10cm近く細かったです。
このスリーサイズの数字は、94%に縮小すると、身長160で 81・59・81 、数字の上ではスリム女子でした(肩幅が女子的でないとか難点もありますけど)。
ひとりえっちは、ヌードになって両手でからだじゅうの愛撫から始めて、からだを布団に押しつけたり、ももに枕を挟んだり。前のあそこを、ももに挟んだまま、くねくねしたりして、そのまま行ってしまうことがあってから、そのパターンも多くなりました。つまり「ひとりスマタ」ですね。
下着ショップでバイブを売ってるところがありました。いざというとき、痛かったら大変なことになると思って、練習しておく必要があると思いました。ある日のこと、太さ3cmくらいの細めのものを買いました。使ってみましたが、すぐに気持ちよくなるというものでもありませんでしたが、行くときは挿入された状態のほうが良かったです。
バイブやディルドを使いはじめてから、両脚を大きく開いてするようになりました。恥ずかしいかっこうなのですが、それが自然なのでしょう。あそこは下ではなく上に向けて、撫でるところは、その裏側や、下のふくろ部分や会陰部など。先端部は撫でなくても行けるようになりました。バイブは手でピストン運動させたり、かかとで固定して腰をくねらせたりです。
10代のころから、いつかは男の人に抱かれる日が来るのだろうと思っていましたが、その機会もなく若き日をすごしました。
(3)遅い青春期
1990年代になると、からだが少しふっくらしてきました。
スリーサイズは、82・70・90、矯正後が90・65・90。胸パッドは、今までのお椀型ではなく、底上げ型だけで谷間ができました。
Hが90の大台に達したときは、少し恥ずかしいような気持ちになりましたが、嬉しいことでもあるような、不思議な気持ちでした。
そんなある日、ある男性とデートしました。ドキドキしながら、その日のうちにラブホテルまでおつきあいしてしまいました。ベッドでからだを愛撫されて、とても幸せな気分になったり。キスのとき唇のねっとり感が良いとか、ほめてもらったり。「遅れてやってきた青春」という感じで、何回かデートをしました。
けれど、私自身のオーガズムは未開発のままでした。「一緒に行く」とか「Aで行く」とか、話としては、ときどき聞いて、憧れはありましたけど。
「一緒に行く」というのは、場合によっては難しいことではないのかもしれません。バックからの「三所攻め」ですとか、男性の手で同時に前を攻められる方法がありますから。でも、私の場合、しなやかさのない男性の指で触られるのは痛いだけなのでした。一般の女性も、経験を重ねないとオルガズムは感じられない人が多いそうなので、私もそのうちなんとかなるものと思ってました。
「Aで行く」というのは、一般女性がクリトリスでなくヴァギナで行くのと同じですから、Gスポットの開発というのが大事になってくるのでしょう。でも指でそこだけ刺激したりするのではなく、バイブの角度を変えてみたりして、気持ちの良い角度があれば何度も繰り返したり、いろいろと試行錯誤してました。
デートは、1年に1回か2回。7月ごろだったとき、七夕みたいだねと言われたこともありました。男をとっかえひっかえなんてことは、ぜんぜんありません。私のカラダを見て、そうでないことを想像する人もいらっしゃるようですが、違うんですね。ドラッグの女性ホルモンを使用の人は性欲もなくなるそうですが、私の場合、天然の女性ホルモンが少し抑制的にはたらいたのかも?
(4)熟女期
ネットを始めるようになってから、お誘いが少し増えて、ある男性が、初めて私をオーガズムに導いてくれたのでした。
あの夜は、とても長い前戯があって、最初に足の指を舐められて、足首からじわじわと攻められてから、Aクンニが始まって、Aクンニは初めてだったので、とても愛してもらってることを感じて、私のからだもそれに応えようとしたのかもしれません。挿入後も、長かったように思います。途中の説明は略しますが、15分くらい?して、オーガズムというんでしょうか・・・、何か怖いような、せつないような、どうしていいかわからない感覚になって、そして言葉にできないような快感に、心もからだがとろけてしまって、ピストンされてるのもわからなくなってるのですが、最後の強めの一突きがあって、彼も行ったらしい声が聞こえたのは、わかりました。
一度こういうことを経験すると、お相手が変わっても同じことが起こるのですね、しかももっと短い時間で起こるので、自分が恐いようにも思いました。
いろんな人の話によると、充分な前戯があって、男性が15分くらい続けば、たいていの女性は行ってしまうそうです。あとは、だんだんと開発されていって、からだも感じやすくなっていくのかも。
行くときは、女性と同じで、あそこがヒクヒク痙攣するような強めの締め付けが何回も続くので、お相手の男性にもわかるみたいです。
現在は、熟女期のうちだと思います。年齢のこともありますが、あと何回か出逢いのチャンスもあるような気がしますので、そういうときは、変わったプレイというのではなく、ゆったりした大人の時間を過ごせたらと思っています。
Comments
どの写真もとってもセクシーでいいです。
エラーはたぶんえっちな言葉を使ったせいだと思います。
写真も、そうですね、文章だけでは退屈かと思って、それなりに選んでみました。
今後もときどき、こんなふうな作文をアップしようと思うのですが、やっぱり写真はあったほうがいいですよね
見とれてしまいました。
A行きレッスンについて、書いたのがありますので、
近いうちに・・・
Control my cock!
いつもありがとうございます。
ウィタ・セクスアリスは、ラテン語らしいですが、
ちゃんと翻訳されたかどうか・・・